the counter pop’s blog

ロックバンド ザ・カウンター・ポップのブログです!

68. 「天国 退屈 欲望」 ダリア







 それは郵便受けに差し込まれた
広告の裏地に書かれてあった


 ・・・マンション 新築 4800万円より
   駐車スペース100%確保
   窓からTOKYOタワーが一望・・・


「・・・・・・・」


・・・ミュージシャン
・・・ミュージシャン
・・・ミュージシャンって何だ?
いったい何する人だ?


 気が付いた時には俺は
既にかなりの音楽好きで
頭の中に超精度の
録音・再生機を持っていた
 学生当時 
学生といっても
中学・高校時代まで遡るが・・・
ソニーウォークマン
爆発的に普及を始めた頃で
ほんとうに誰もが
何時でも何処でも耳に
ヘッドフォンを当てて
歩いていた
でも俺にはそれは
全く必要がなかった
いやむしろ苦手であった
・・・なぜなら一度聞いて
気に入った曲に関しては
細部にわたって
(伴奏の細かいフレーズ
録音の癖)
まですっかり記憶し
またそれを好きな時に
何度でも再現できたし 
時にはそのイメージの中で
歌い手を入れ替えてみたり
バンドのメンバーを
組み替えて
別のアレンジで
試してみたりと
そんな事を密かな
楽しみにもしていた
きっと俺が
ミュージシャンになったのも
その頃の楽しみの
延長なんだろう
だからヘッドフォンで
耳元から直接音楽を
流し込まれると
それがしづらくなって
嫌いだった


ウォークマンのキャッチコピー
"音楽が自由になった"
"音楽を連れ出そう!!"
は俺にとっては
"音楽が不自由になった"
"音楽から逃れよう!!"
・・・となる訳だ


 そんなせいもあってか
どうだか
俺の頭蓋骨の
左耳の上の部分は
異様に膨れて
外に張り出している
・・・なんでも
脳の短期記憶能力を司る
海馬という部位が異常に
発達してしまったらしい
 そして最初の職場を
変わる頃になって
ようやくそんな風に
音楽を聴く楽しみ方が
一般的ではなくて
むしろ一部の限られた
人たちだけのものだと
いうことが分かった
 それはたぶん、音楽というもの自体
普通の人にとっては
グルメやファッションといった
単なるちょっとした
楽しみの中の一つであって
そしてそれは
SEXを覚えるまでの
ほんの短い思春期に軽く
一瞬だけ熱を上げるだけの
本当に単なるアイテムの
一つであるにしか過ぎないの
だからだろう
 つまり 音楽と
いう物が俺にとってほど
他人にとっては重要なのもで
無かったという事実と
そしていままで
その事について自分がまったく
気づかなかったという事が
その時初めて
小さな衝撃となった


 腹に空腹を覚え
汚れた食器の
そのままになった
キッチンの下の扉を開けた・・・
そこはナミコが
乾物を仕舞う場所にしてある
 俺はいつもの
インスタントラーメンを探した
ここのところ寝起きはいつも
インスタントラーメンと決まっている・・・
・・・鍋の中のインスタントラーメンが
煮上がる間際に
卵を落として軽く混ぜてから
もう一煮して食べる
それが俺の気に入っていた


 その日はなんだか
虚しい午後で
それが伝染ってしまったように
棚の中のインスタントラーメンは
見つからなかった
 何処かで季節外れの
風鈴が聞こえている
縁日でよく売られている
ガラス製のものだろうか・・・
 仕方なしにここのところ
すっかり騒音の大きくなった
冷蔵庫を開けて覗いてみる・・・


卵も牛乳も切らせている
・・・近所のスーパーまで
出掛けるか・・・


 目黒川に沿って俺の住む
アパートから海に向かって
5分程歩いたところに
コンビニとは名ばかりの
老夫婦の営む
古い食料品店がある
買い物に出掛けようと
外套を手に取ったが
止めた
なぜだか急に気が向かなく
なったからだ


 仕方なしに
俺はビンの底で少なくなった
焼酎を飲み口の欠けたグラスに
少しだけあけ
水道の水で割って
一気に流し込んだ


                       つづく




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BY ROCKER’S DELIGHT 10月号より
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