72. 「天国 退屈 欲望」 ひなぎく

　午後３時過ぎ
・・・木々の間から
フロントガラス越しに差し込む
秋の日差しで
起こされた・・・


　いくら高級車で
あっても座った姿勢
のままで長時間を
過ごすのは辛い
ようだ・・・


　俺はあれから
ナミコを乗せたまま
血塗れな男の遺体を
トランクに移し
丹沢の山中まで
来ていた


　男の高級車は
酷く燃費が悪く
途中ガソリンスタンドに
寄ろうかとも思ったが
トランクに
遺体を積んだままで
しかもさらに
車内シートに染み込んだ
血痕と
その生臭さのままでは
ことさら神経を
使いそうで
やめにした


　何より高級車を
運転する自分の姿には
まるでなじめず
　スタンドの店員との
やり取りで
不自然さを
感じ取られてしまうのが
怖かった


　ラジオを付けると
AM放送の声色が
夕方に向け
午後のプログラムの
終わりを予感させている
・・・ナミコも恐らくは
後ろのシートで
目を覚ませて
いるのだろうが
目を閉じたままで
興奮した
俺の行動に無関心を
装っている




・・・明け方
ぼんやりと明るくなる
車内で
ゆっくりと通り過ぎる
窓の外の景色に
目をやりながら
一度だけ
声を出した・・・


「台所の電球切れてたの
・・・取り替えてくれた?」


「・・・・・」


　俺は返事をしなかった


　暖房のせいで
車内の生臭さが
ますます充満し
逃げ場の無い閉塞感を
増長させていく・・・
　しかも、徹夜で
運転してきたせいか
指先までだるく
吐き気もした


　俺は血のこびり
付いたままの手で
左胸のポケットから
タバコを取り出し
火を付けた・・・
・・・興奮のせいか
他人の指を操るように
不自然に感じる・・・
シャツ
タバコのパッケージ
その中身の半分ほどまで
血が染み込み
時間の経過で
黒ずんでいた・・・


　クイズ　１


・・・血の
染み込んだ
シャツって
洗濯で落ちるの
だろうか?


　車のシートは?
　例えば事故の
血で染まったシートの
クリーニングは
どうするのだろうか?
　それともそのまま
シートごと交換?
もしくは廃車になる
・・・とか?


ワザとどうでもいいことを
考えてみたりする・・・


　山の日没は早い・・・
もう日が
傾いてきている
　そろそろ今夜の
寝場所を探さなくては
・・・


　ナミコに
暖かい食事とベッドを・・・


　・・・遺体はこのまま
川に捨てることにしよう
と決めた・・・


　俺はドアのロックを開け
外に出た
　車の後ろにまわると
トランクの下の
落ち葉に血が滴り
丸く歪な黒いシミを
つくっている・・・
　それはまるで
悪夢にうなされた晩に
不意に見上げた空の
不気味な月蝕の
途中のようだった


　クイズ　２


　果たして
俺は運が良いのか
悪いのか・・・


　不意に可笑しくなって
吹き出した
　それらがまるで
俺の今後の
行き先を暗示して
いるような
気がしたからだ


　そして　
俺はトランクを開けた
・・・




　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく




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ＢＹ　ＲＯＣＫＥＲ’Ｓ　ＤＥＬＩＧＨＴ　１１月号より
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