the counter pop’s blog

ロックバンド ザ・カウンター・ポップのブログです!

73. 「天国 退屈 欲望」 黒百合









 以前に
一度だけナミコの家へ
行ったことがあった


 秋だというのに
暖かい日で
 彼女の後ろから
足元でやわらかく揺れる
スカートのひだを
なんとなく眺めながら
駅からの道を
歩いたのを
覚えている・・・


 ナミコは
母一人娘一人の
いわゆる"母子家庭"
の育ちで
 それだけで
俺の性的趣向の
一つを
満足させた


 二人のすみかは
緑のトタン外壁の
アパートで
錆の付いた
外階段を上がった
二階の左一番奥
にあった


 玄関の前まで来ると
その右脇に
ビニールカバーの
掛かった洗濯機と
 小さな赤いつぼみの
付いた鉢があった
 表札の代わりは
白い紙のシールで
黒の油性ペンで
「木下」とだけ
書かれてある


 ナミコが部屋の鍵を
探している間
 俺は今日の目的
"ナミコの母親の買った
ヴィデオデッキの結線"
の為の3進、
赤・白・黄のコードと
テレビ専用の
映像入力がなかった時に
アンテナから
接続させる為の
アダプターを
量販店のビニールから
取り出し
急いで開封
取り掛かっていた


 ナミコの頼みとは
母は昼間に
スーパーのレジ打ちの
パートタイムと
夜に近所のスナックでの
ホステスの
二つを掛け持ちしており
その二つの仕事の
合間
つまり、彼女の母が
2時間ほど仮眠をとる
その前、
母が仮眠の為に
家に戻る前に
何とかその用事を
済ませて欲しいとの
事たっだ


 俺は今までに
彼女の母に
紹介された事は
なかった
 それは俺の年のせいか
 それとも
うだつのあがらない
ミュージシャン
といった職業
のせいか
 あるいは 俺の
分からない
もっと別の理由か
 彼女が俺との付き合いを
公にするつもりが
ないようで少々
傷つきもしたが
 俺の方でも
彼女の事を好き嫌いは
別にして
互いの家庭を交え
今よりもさらに
濃くて深い
新しい関係へと
発展させることに
煩わしさを感じていた
のも事実で
都合が良かった


 玄関を開けると
よその家庭を
訪ねたとき独特の
匂いが鼻を突いた


 以前に付き合った
例の・・・
・・・あの時に声の
低くなる女の家は
全くと
言っていいほど
生活のにおい
がしなかった


 それは貧しさの
中にあっても
ある種の高潔さと
女二人で逞しく
生きてきたという
強靱さの証のような匂いで
 その時初めて
俺の脳の分類フォルダの中に
母子家庭の家の臭い
の項目として保存された


 予定では母が
戻るまでには
まだ1時間半ほどあった
ヴィデオデッキの結線も
心配していた
古いタイプのテレビではなく
難無く3進ケーブルで
事なきを得た


 彼女が
お茶を入れると言う
小ぢんまりとはしているが
キチンと片付けられた
台所で
 彼女はピンクの
花の模様の付いた
白いヤカンを火にかけた
 俺はナミコの背中越しに
何となく彼女を眺めながら
彼女と暮らすと
こんな感じになるのかなぁなんて
漠然と考えていた


 それは今の俺の殺伐とした
一人暮らしとは違って
生活に"正しい"
日常のリズムがあって
清潔とか整理整頓とか
意外にも
それらが案外俺の欲しいものの
1つである
という事に気付かされた


 俺は立ち上がり
ナミコの背後から
彼女に近づいた
 気配を察しているのだろう
下腹部に這わされた
俺の手に
彼女の驚いた様子もなく
二人はそのまま台所で
短いセックスをした
 俺は彼女の母が
何時ドアを開けるんじゃないかと
気が気ではなかったが
今までになくひどく
興奮もしていた

 
 薄暗い台所の頭上で
簡素なシェードを
のせた裸電球が揺れている
 ・・・彼女が手を
かけている
テーブルに置かれた
清潔な醤油差しの
影が
二人の動く
リズムに合わせ
伸びたり縮んだりしている
 ・・・ヤカンが沸騰し
湯気が噴きだした・・・
 蓋をカタカタと鳴らす・・・
 ナミコが火を止めようと
ヤカンに手を伸ばす
 ・・・俺は意地悪に動きを
速めた・・・
 ナミコの手も
少し伸びて
不ぞろいな髪も
その影に合わせて
揺れている・・・




                       つづく




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BY ROCKER’S DELIGHT 11月号より
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